開けて、びっくり玉手箱

白道燃ゆ

 あれも欲しい、これも欲しいと、常に消費をかき立てられる。
「お乗りになる方の風格を一段と引き立てます」。何のことかと思ったら、自動車メーカーの宣伝である。

「さわやかな朝」ときたらハミガキ。「静かなブーム」が万年筆。「ファイトで行こう」が強壮剤。「あなたの御予算は?」が月賦販売の宣伝である。

 これでも買わぬか、これでもか、と訴える商魂のたくましさに、ウツツをぬかしていると、益々お金が欲しくなる。

 金の外に人間の幸福なぞ、無いように思うのも無理はない。そこで、金、金、金と日夜アクセクしている。
 確かに、経済生活や社会機構の問題は、大切なことに違いないが、それなら物質生活が充分に調い、経済的な安定が得られさえしたら、人間は幸福になれるのであろうか。

 功成り、名遂げた太閤秀吉も、大坂城内に黄金の茶室を造り、天下の名器、珍宝を集め、美女をはべらせて、威勢を張ってはいたが、聚楽第の湯殿や便所にまで隠し堀を引いて舟を浮かべ、何時おそわれても、脱出できるようにしていたという。
 少年時代の秀吉は、裸で何処にでも、ねころんで平気であったが、権力を握り天下を取ると、得意の絶頂でありながら、内心は戦々兢々としていたのである。

「おごらざる者も、また久しからず、露とおち、露と消えにし我が身かな、難波のことも、夢のまた夢」

 彼の辞世は、人間の生きる目的は、他にあるということの明証である。
 2600年前、釈尊もこれを知って驚かれた。彼はインドのカピラ城主、浄飯王の長子として生まれているから、将来の地位は確立していた。
 しかも親の溺愛を受け、春夏秋冬、四季の御殿に住まわされ、500の美女とたわむれて、栄耀栄華の限りを尽くした。

 凡そ現代人が、必死に求めているもののすべてを、釈尊は持っておられた。我々がその中の1つでも得ることができれば、どんなに幸せであろうか、と固く信じているものの全部を、釈尊は持っていられたのである。
 しかもなお、満足できない自己の魂の叫びに驚いて、それら一切を投げ捨てて、入山学道なされたのは、噴火山上の舞踏を楽しむ我々に対する警鐘に外ならない。

 金持ちである、財産がある、地位がある、健康である、名声が高い、豪壮な邸宅に住んでいる、という事実は絶えず変化する。
 大きく変化するか、少しずつ変化するかの違いだけで、この世に変化しないものは何一つあり得ない。

 金を得たという事実も、健康であるという事実も、地位名声を得たという事実も、総てが、次の瞬間には崩壊につながっている。
 このような事実の上にアグラをかき、そこに安住を求め、幸福を築こうとしても、それは所詮、浦島太郎の龍宮城の幸福でしかないのだ。

 乙姫さまの寵愛を受けて、百味の御馳走に満腹し、舞妓の饗宴に日夜、歓楽を尽くしたけれども、やがて、玉手箱を開くと、そこにあったものは漠々たる荒野の中に、ただ独り、方角も分からず、泣き崩れるより外にない浦島太郎であった。

 玉手箱は、今すでに開いている。

「人間はただ電光・朝露の夢、幻の間の楽ぞかし。たといまた栄華・栄耀に耽りて思うさまの事なりというとも、それはただ五十年、乃至、百年のうちの事なり。
 若し只今も無常の風来りて誘いなば、如何なる病苦にあいてか空しくなりなんや。
 まことに死せん時は、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路のすえ、三塗の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ」(御文章)

 総ての人々は、百味の御馳走、名誉、地位、金、享楽等の夢を追い、夢を求め、夢に酔うことを幸福と信じ、必ず開かねばならぬ玉手箱を知らない。
 活眼を開いて、人生を達観しなければならない。

高森顕徹著 白道燃ゆより)

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更新履歴

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