(72)生活の乱れた学生の更生法
   大学教授のたくみな指導

光に向かって

上等の人間は心を愛する(光に向かって)

 慈父のように慕われた大学教授は、生活の乱れた学生を自宅に招き、こうきりだしたという。

「近ごろ、ご両親に電話や手紙を書いているかね」

「ときどき、やっています」

「月に何度ぐらいかな」

「一度か、二度です」

「ははあ、それはよいことだ。どんなことを伝えるのかな」

「お金を送ってもらいたいときです」

 きまりわるそうに、答える。

「けっこうだ。お金のいるときは、友人などに借りずに、ご両親にお願いするのが一番だ。電話や手紙は、お金のことしか言わないのかな」

「そうです」

 頭をかきながら学生が言うと教授は、端然として底光りする目をすえて、こう諭した。

「実は今日、遊びにきてもらったのはほかでもない。これから一週間に一度は必ず、ご両親に手紙を書いてもらいたいのだ。そのときに、朝早く起きたとか、朝食はパンと牛乳、昼は学校で定食、夜は焼き肉にインスタントラーメンを食べたとか、つまらんことでも、あらいざらい、話したり書くのだね」

 教授を尊敬していた学生は、深い意味もわからぬままに、言われたとおり実行した。

 金の催促以外に便りのなかった子供から、あれこれ案じていた日常生活のようすを知らせてくるので、親は安心し、喜びは格別である。

「家では最近、こんなことがあった、あんなことも……」
と、親も電話したり、手紙をよこす。

 うれしさのあまり、子供の喜ぶものを送ったりもする。

 夜遊びしていた学生も、ウソばかりも言いにくいから、自然と行為をつつしむようになっていく。

 かくも自分のことを思っている、親心もわかってくるから勉強にも熱が入る。

 悪評高き学生たちも、たくみな教授の指導で、剛健質実に更生していったのである。

 

高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)


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更新履歴

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2013.08.24生活の乱れた学生の更生法~大学教授のたくみな指導(光に向かって)

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2012.04.10これへ、その下肥とやらをかけてまいれ、とバカ殿 偶像崇拝(光に向かって)

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