(21)水車の回る音も、
聞きなれれば苦にならない
ソクラテスの哲学
(Photo by poolie)
アンチモテネスは、ギリシア一番の土地保有者である。
哲学者ソクラテスを訪ねて、広大な土地を持っていることを自慢した。
地球儀をクルクル回して、ギリシアを出し、ソクラテスは言った。
「君の土地は、どこらへんかいな」
「いくらオレの土地が広いといっても、地球儀にはのっていないよ」
すかさず、あきれ顔のアンチモテネスに、
「なさけないね、地図にものらぬ土地を所有しているとて、いばるものではない。オレは大宇宙を頭でこねまわしているのだ」
と、らいらくに笑ったソクラテスも、
「結婚して、いい女房にぶつかれば幸福になれるし、悪い女房なら哲学者になれる」
と、しんみり語っている。
彼の妻クサンティッペの、悪妻ぶりを伝える逸話は多い。
朝から晩まで、亭主の稼ぎのなさをこぼしているクサンティッペを見て、
「よくまあ、あの小言に耐えられるね」
と友人が言うと、ソクラテス、答えていわく。
「水車の回る音も、聞きなれれば、苦にならないものだよ」
またあるときは、いくらグチっても馬耳東風で、自分をあまり相手にしないので、かんしゃく持ちの妻が、ソクラテスの頭からオケの水をぶっかけた。
そのときの言葉も、ふるっている。
「雷の後には、いつも夕立と昔からきまっている」
これではケンカにならない。
悪妻と思えば腹が立つ。
じゃじゃ馬を乗りこなすと思えば勉強になる。
馬術に秀でるには、荒馬をならす技術がいる。
一番むずかしい馬をあやつることができるようになれば、天下に、怖い者はない。
自分の家族の例をひいてソクラテスは、弟子たちにそう教えたという。
さすが哲学者である。
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)