(31)魚をとるのは、
     どこの猫でも同じ

光に向かって

 主人が帰宅した。妻が裏口で、棒を持って構えている。

「おまえ、そこで、なにしてる」
「あら、おかえり。私、いま腹がたってしかたがないの」
「いったい、どうしたんだ」

「今日ね。あなたの好きなハマチ、千五百円もだしてよ、買ったの。それをマナ板の上においたとき、ご飯が炊きあがったので、火を弱めて、ひょいと後ろを向いたらあなた、アノ盗人猫めが、魚くわえて床下に逃げこむじゃないの。いくら呼んでも、目を光らせて、うなってばかり。私、くやしくて、くやしくて」

「よしよしわかった。ところで一度、静かに考えてみようじゃないか。猫は主人がハマチが好きで、千五百円も出して買ったと知っていただろうか」
「そんなこと、猫が、知るもんですか」
「では魚をとるのは、ウチの猫だけか」
「そりゃ、どこの猫でもとりますわよ」
「そんな猫に魚をとられる主婦は、賢いのか、ばかなのか。もしこの事件を仏さまが裁判なされたら、訴訟費用は原告の、おまえが持たねばなるまい」
「もういいわ。私、猫をたたきません」
「イヤ、たたけ、たたけ」
「でも、猫が悪くないもの」
「どちらが悪いか」
「私が悪かったのよ」
「それじゃ、お前の頭をたたいておけ」

 猫が魚をとるのは開闢以来のことなのだ。

 腹をたて苦しむのは、いつでも、己が正しいと思うのが原因である。

高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)

 

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更新履歴

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