(35) 腹立ったときは、数をかぞえよ
焼け野原で、ひとり泣きたくなければ
上野の動物園のカバが、妊娠した。
関係者は、カバの子が産まれることを待望していた。ところが産まれてきた子は死んでいたので、一同、おおいに落胆した。
原因を調べたところ、妊娠中に他の部屋に移そうとしたら、カバは、どう思ったのか、たいへん怒ったそうである。それが、胎児を死にいたらしめた主因であることが判明した。
カバも、バカなことをしたものだ、という新聞記事を読んだことがある。
また街道でケンカ口論を始め、殴りあおうとしたときに、バッタリ倒れて死んだ、という話も聞く。
腹を立てると有害な毒素が身体をそこなう、といわれる。
昔、大乗法師が40年間続けた法華経読誦の功徳を、一念の瞋恚によって失った、という話は有名である。
カッとなると、平素、思いもよらぬ恐ろしいことを考え、乱暴なことでもする。その結果、焼け野原に、ひとりぽつねんと立って泣かねばならない。
その時しかし、わずかの余裕をおいて、なんで腹が立つのか、なにが気にいらぬのかということを、少しでも考えてみれば、憤りも陽にあった雪のように、消えうせてしまうものである。
己が正しいのに非難されたのであったならば、決して相手をせめる要はない。いつかきっと解けて、先方から詫びがくるものだ。真実に敵するものはないからである。
また、己が間違っていると知ったら〝改むるに、はばかることなかれ〟と古人も教えているとおり、ただちにこれを改めて、向上すればよい。
いたずらに、あやまれる我を押したてて、怒りくるうなどは、愚の骨頂である。実際、腹を立てた後ほど、あじきないものはないではないか。
腹立ったときは、数をかぞえよ、
相手が怒ったときは、ふれずに放っておけ、
と先達は教えている。
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)