(37)生命はやるが、金は渡さぬ
逃げる石川五右衛門
昔、京都伏見に、たいへんよく働く八百屋がいた。
百両もの大金を持っていたので、盗られはせぬかと、夜もおちおち眠れないほど心配でたまらない。
ある晩、仏さまが八百屋の夢枕に立って告げられた。
「こりゃ八百屋。近いうちに大盗人がやってくる。そのときは、ハッキリと答えてやれ。命はやるが金は渡さぬとなァ。そう言えばだいじょうぶじゃ」
八百屋のおやじ、冷汗びっしょりで目がさめた。
すると案の定、ある晩、大盗人が入ってきた。
「こりゃおやじ、生命がほしけりゃ、金を出せ」
夢のお告げを今じゃと思い出し、八百屋のおやじはたんかをきった。
「生命はやるが、金は渡さぬ」
盗人は、ほうほうのていで逃げうせた。
捕まった石川五右衛門は、
〝オレは生涯、恐ろしいと思ったのは、あのときだけだった〟と、述懐したという。
生命をかけて達成できぬことはない。
散るときが 浮かぶときなり 蓮の花
飛びこんだ 力で浮かぶ 蛙かな
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)