(39)こうしてドン太は、大根まきができなかった
縁起かつぎ
縁起かつぎのドン太が、大根の種をまくのに畑にいった。
途中、近所の春子が、ほほをかかえて、小走りでゆく。
「春ちゃん、どうした」
とたずねると、
「歯を虫が食って、昨晩からねむれんので、歯医者さんにゆくの」
と言った。
「歯(葉)を虫が食ったって。縁起でもない。こんな日に種まけば、ロクな大根にならんわい」
プンプン言って、家に引き返した。
あくる日、出かけると、隣の弥兵衛に出会う。
すれちがった弥兵衛が、手ぬぐいを落としたのに気がつかない。
拾ってやると、
「はばかりさん」
と、礼を言われた。
「なんだこのやろう。はばかりさんとは縁起でもない。葉ばかりの大根ができてたまるか」
また、家へ帰ってしまう。
〝今日こそは、だれに会っても、なにも言うまい〟
翌日は、決心してでかけた。
ところが、イヤなことに向こうから、村長がやってくるではないか。
村長に、あいさつせぬわけにはゆかぬ。
そこでドン太、最初から断った。
「村長さん、おはようございます。実は朝からお願いですが、今日は、これ以上、なにも話さずにいってくだされ」
「私が、ものを言うのが悪いのかな」
「いや、別に、悪いというのではありませんが……」
と、一昨日はこんなことで、昨日はこうでと、大根まきができずに困っているワケを話して、了解を求めた。
それを聞いた村長さん、カラカラと笑ってこう言った。
「ドン太さん、そんな根も葉もないこと、言うもんじゃないよ」
〝根も葉もなかったら、大根じゃない〟と、またまた大根まきができなかったという。
ドン太を笑えぬ迷信の、いかに多いことか。
迷信を破らなければ、大根まきもできない。
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)