(40)本当の仕事ができる男
大王の権威もゴミかホコリ
アレキサンダー大王がいたとき、ディオゲネスという哲学者がいた。
大王は、世界制覇を狙ったほどの男である。
ディオゲネスはタルをわが家として、あるときは街に現れ、あるときは里に出て、多くの人を善導した放浪哲学者であった。
大王は彼のことを聞いて感心し、ほうびを与えようと思って、彼を呼んだ。
「わしは大王に用事はない。用事のある者からきたらよかろう」
ディオゲネスは即座に断った。
そこで大王みずから、彼を訪ねていった。
「国の人々を善導してくれて、まことにありがたい。必ずかなえてとらすから、なんでも欲する物を申してみよ」
ちょうど、いい気持ちで日なたぼっこをしていたディオゲネスは、
「さしずめ、わしの欲することを言えば、おぬしがわしの前からのいてくれることじゃ。おぬしのような大きなズウタイで、太陽の光線をさえぎられては、かなわんよ」
と、きっぱり答えている。
四海にとどろくアレキサンダーの権威も、この男にかかっては、ゴミやホコリほどの値うちもない。
加賀百万石の大名が、一茶の令名をきいて、なにか一句、書いてもらってくるように申しつけた。家臣が短冊を持参してたのむと、一茶は硯にツバを吐いて墨をすり、先の切れた筆で、こう書いている。
「なんのその、百万石も、笹の露」
「金も名誉も地位も命もいらないやつほど、始末におえぬ者はない。しかし、そんな者でなければ本当の仕事はできぬ」
と言ったのは西郷隆盛であった。
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)