(42)ヤセがまんではすまなくなる~良妻と悪妻
彼は、サラリーマンである。
ひそかに彼が見くだしていたBが、人事異動で、同期から、初めて課長に昇進した。
彼は、ショックを受けた。だが彼は、Bにかけよって、
「おい、おめでとう。よかった、よかった」
と、肩をたたいて握手を求めた。
負けたくやしさを、無理にがまんして、まったく平気なように演技する。
さらに、おきざられ組は、当然のように集まってBの祝賀会を催す。
お互いに、ヤセがまんしたことを、他人に知られたくないという思いは同じである。
屈辱を自覚するのが怖いのだ。ある線まででくいとめたい。男心は哀しいではないか。
くたくたに疲れた祝賀会の後にも、まだ彼らには難関が残っている。
家の玄関をあけると、奥さんが迎える。
「あら、また飲んできたのね」
「うん。Bが今日、課長になった」
「その祝賀会があったんですね」
だれとだれが昇進したのかと、奥さんが追及する。
「同期が先に課長になったっていうのに、よくも平気でいられるわね」
「そりゃ同期の全員が、同時に課長ってわけにはいかんさ」
「なら、あなたがなればいいでしょ」
「いやあ、Bは優秀だからね。適任だよ。さあて、風呂にでも入って、ねようか」
「意地もなにも、ありゃしないんだから」
ヤセがまんなしでは生きていけない、涙ぐましい男の胸の内が、まったくわかっていない。察しようともしない。
聡明な奥さんなら、それに気づいたうえで、そっとしておく。悪妻はもちろん、気づかない。見せかけを真にうけて突っかけていく。
男のコンプレックスに、妻が土足で踏みこんではならない。ヤセがまんでは、すまなくなろう。
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)