(43)みんな欲に殺される
あんな広大な土地はいらなかったのだ
昔、隣接する大国と小国があった。
人口が少なく広大な土地が遊休している大国にたいして、小国は、人口密度が高く狭小な土地を取りあいコセコセしていた。
大国の王様があるとき、小国の農民たちに触れを出した。
「オレの国へくる者には、土地をほしいだけ与えよう」
「王様、ほしいほどとおっしゃいますが、本当でございましょうか」
半信半疑でやってきた小国の農夫たちはたずねる。
「ウソは言わない。見わたすかぎりといっても区切りがつかないから、おまえたちが一日歩きまわってきた土地を与えることにしよう。ただ一つ条件がある。朝、太陽が昇ると同時に出発し、角々に標木を打ち、太陽の沈むまでに出発点にもどることだ。その間、歩こうが走ろうが、おまえたちの勝手だが、一刻でも遅れれば、一寸の土地も与えぬから注意せよ」
農夫たちは、その広大さを想像して胸おどらせた。
さっそく一人の男が申しでて翌朝、太陽とともに出発した。最初は歩いていたが次第に足が速まり、やがて小走りになり、本格的に走り始めた。歩くよりも走れば、それだけ自分の土地が広くなるという欲からである。
当然、標木を打って曲がらねばならぬ所にきていても、欲は、もっともっとと引きずった。太陽が中天に輝いていることに驚き、標木を打って左へ曲がって走った。
昼食も走りながらすませる。午後は極度に疲れたが、服も靴も脱ぎ捨てて走った。もう夕日になっている。足は傷つき、血は流れ、心臓は今にも破裂しそうだ。しかし今倒れたら一切が水泡になる。彼は出発点の丘をめざして必死に走る。
そのかいあって、太陽の沈む直前に帰着したが、同時に彼はぶっ倒れ、後はピクリともしなかった。
王様は、家来に命じて半畳ほどの穴を掘らせ、農夫を埋めさせて、つぶやいたという。
「この農夫は、あんな広大な土地はいらなかったのだ。半畳の土地でよかったのに」
農夫だけではない。みんな欲に殺されるのだ。
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)