(44)「私も靴屋です」とビスマルク
貴賤を問わぬ温容
ドイツの鉄血宰相ビスマルクが、あるとき、買収した土地を見に、田舎へでかけた。
田舎は汽車が着くたび、今日はどんな人がくるかと、大勢の人が集まる。
少し変わった人物が下車すると、さっそく、村中うわさでにぎわう。
中でも物好きな村の靴屋は、人一倍好奇心の強い報告屋であった。
身長180センチ、体重120キロ、堂々たる体躯のビスマルクがホームに下りたのを、見のがすはずがない。
ホームをでたビスマルクは、ベンチに腰かけ、葉巻をふかしはじめた。
今日はまた〝なんと豪傑男がきたものだ〟と興味深く見守っていた靴屋は、おそるおそる近寄って、なにか新しいネタを聞きだそうとする。
「失礼でございますが、ベルリンからおいでになった方でしょうか」
「そうです」
「ご立派な体格ですが、どんなご職業で」
「あなたは」
「私は田舎の貧乏靴屋です」
「私も靴屋です」
ビスマルクは無造作に応答していると、やがて制服制帽の交通官吏がやってきて、
「閣下、ただ今あちらに馬車の用意ができました」
いともうやうやしく言ったので、靴屋は仰天した。
閣下、靴屋、はてな?
「これはこれは、とんだ失礼をいたしました」
深く詫びる靴屋に、
「いやいや、もしベルリンへおいでのときは、どうぞ私の工場へきてください。ウィルヘルム街76番地です」
笑顔で告げて立ち去った。
まさかビスマルクとは、知るよしもない。
鉄血宰相といわれたビスマルクにも、貴賤を問わず接する平民宰相の温容があったのである。
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)