(52)ニセモノのチャーチルを見わけよ
使命に忠実
かの有名な、USスチール社の社長、シュワッブが、ある日、ひとりで社の、自分の部屋までいってこなければならぬ急用ができた。
会社の正門へさしかかると、門衛の男がはばんだ。
「時間外ですから、どなたさまも、お入れすることはできません」
「おれは、社長のシュワッブだ」
「社長さんのお顔を存じませんので、失礼ですが、あなたが社長である証拠をお見せくださいませんと、お入りいただくわけにはゆきません」
しかたなくシュワッブは、身分証明書を提示して、ようやく用をすませた。
翌日、その門衛が社長室に呼ばれた。
どんな厳罰かと、覚悟していくと、社長みずから彼に、社員登用の辞令を渡したという。
チャーチルが首相のころ、ひどく急ぐ用事で車を走らせていると、交差点で赤信号が出た。
横からくる車が少ないので、チャーチルは〝かまわぬ、突っ切れ〟と運転手に命じた。
信号無視をやりかけたトタン、警官が飛び出してきた。
「その車、さがれ」
「急ぐのだ。わしはチャーチルだ」
すると警官は、チャーチルの顔を、じっと見て、
「チャーチル首相が交通違反をするはずはない。察するにニセモノであろう。さがれ、さがれ」
ギャフンとまいったチャーチル。
「わかった、わかった。わしは、たしかにニセモノだ」
と、車をバックさせたという。
後日、チャーチルが警察幹部を通じて、この警官を昇進させようとすると、
「この昇進には理由がない」
と、その警官は辞退した。
チャーチルは、そのとき、こう言っている。
「理由はある。君は、ニセモノのチャーチルを見わける眼力を備えている。さだめて犯人を見破るのもうまかろう。これは鑑識力にたいする昇進だ」
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)