(58)ヤシの木の下で昼寝をすると、
幸福になれるのか? 楽園にいたカロザース
女と靴下、それは戦後、強くなったものの代表とされている。
靴下を、かくまでも強いものにした革命的繊維、ナイロンを発明したのは、アメリカのカロザースである。
勤め先のデュポン社は、この天才化学者に、万人垂涎の約束をしていたそうだ。
「生涯どこへ海外旅行をしようが、どんな高級レストランやバーで飲食しようが、費用の一切は会社が持つ」
というのである。
デュポン社としては、この天才技術者を、他社に引きぬかれたりしたら、たいへんだと考えたにちがいない。
もし、カロザースの、ごきげんを損じて、ナイロンの秘法を、どこかの会社にもらされたりしたら、元も子もなくなる。
彼の一生の遊び代ぐらい保証しても、いたって安いものと考えたのだろう。
ところが、天国の楽園にいるみたいな、そのカロザースが、41歳という若い身で自殺してしまったのである。
ここで、人間の幸福とはなにか、を考える一つの小話を紹介しよう。
所はある南の国。登場人物はアメリカ人と現地人。
ヤシの木の下で、いつも昼寝をしている男をつかまえて、アメリカ人が説教する。
「なまけていずに、働いて金をもうけたらどうだ」
男がジロリと見あげて言う。
「金をもうけて、どうするのだ」
「銀行に預けてふやせば、大きな金になる」
「大きな金ができたら、どうする」
「立派な家を建て、もっと金ができれば、暖かい所に別荘でも持つか」
「別荘を持って、どうするのだ」
「別荘の庭のヤシの下で、昼寝でもするよ」
「オレはもう前から、ヤシの下で昼寝をしている」
このアメリカ人を全人類におきかえてもよいだろう。
こんな幸福論の破綻を、カロザースは、マザマザと見せているようである。
(高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)